左目から見た世界

好きに生きるわ。

食生活アドバイザーを目指す理由

食べることの楽しさを伝えたい。
本当は私が一番よく分かっていないかもしれない。

うちは物心ついた頃から、家族でごはんを食べる習慣が無かった。
両親は離婚して、まだ幼かった私や兄弟たちは、母に女手一つで育ててもらった。
当然、母は朝から晩まで必死に働かなきゃいけなくなって、まだ幼い私たちは、母が作り置きしていった味噌汁やカレー、スパゲッティなどを、自分の食べたい時間に、好きなように食べていた。
離婚という大人の事情がよく分からなくても
自分たちが環境に合わせなきゃいけないってことを、みんな分かっていたと思う。
兄弟たちが「寂しい」って言っているところを聞いたことがなかった。
私も言ったことがないし、思ったこともない。

私たちにとって、ごはんは一人で食べることが当たり前だった。
大人になって婆さんと同居することになったとき、家族内がめちゃくちゃ荒れた。
私たち家族一人で食べるのが当たり前」なのに対し、婆さんは「やっとみんなでごはんが食べられる」と、物凄く期待していたらしい。
でも現実は、婆さんの理想と180度違っていた。

婆さんはヒステリックに家族に八つ当たりをし、私たちは婆さんに寄り付かなくなった。
婆さんはいつもダイニングにいたので、誰もダイニングに寄り付かなくなった。
ダイニングは家族みんなが集まる場所なのに、それが叶わない場所となった。
前にも言ったが、やむを得ない部分もあるのだ。
みんなそれぞれに現実がある。
仕事がある、学校がある、プライベートがある。
婆さんに合わせて、3食揃っていただくなんて無理なのだ。

元々、各々が好きなように生きていた家庭。
いきなり「家族揃って生活しなさい」って言われても、無理な話だった。

離れて暮らしていた頃は「孫に好かれる良い婆さん」だったのが
今や皆から嫌われるクソババア。
特に私は婆さんと仲が悪かったから
婆さんが普段、どんな食生活をしているのかも
たまたま偶然見てしまうようなことがなければ、一生気づかなかったかもしれない。

「食事は楽しいもの」と信じたい自分こそが
みんな揃ってごはんを食べるという楽しさを知らない。

主人と結婚したときもすぐに食事に関する価値観で揉めた。
主人は私から見れば、ごく普通の家庭に生まれ育った。
両親がいて姉がいて、家族みんなでごはんを食べる習慣がある。
主人が私にもそれを望んでいることを分かってはいたが、私はそれに応えられなかった。
私は夫と一緒にごはんを食べることに強い抵抗を感じていた。
人に合わせることが苦痛だったのだ。
今までずっと一人だったのに、急に隣に誰かがいる現実に慣れなかったのだ。

私の方が一般的でないことは分かっている。
でも、否定しないで欲しかった。
時間を与えて欲しかった。
慣れるまで見守って欲しかった。
急に今までと180度違う価値観をぶつけられて
ますますごはんの時間が楽しいものと思えなくなっていたと思う。
価値観をぶつけたのは私も同じ。
お互いが急ぎすぎたのだろう。
お互いが自分に合わせることを望んだのだろう。
そんな体験をして分かったことは
価値観をぶつけ合っても楽しくないということ。
誰も幸せにならないということ。
実家でも、みんなが少しでもお互いのことを思いやれていたら
もう少し違う現実があったかもしれない。

やむを得ない事情があることは分かっている。
お母さんが家にいてくれたら、きっと家族が同じ部屋に集まる時間もあっただろう。
でもお母さんは働きに出なければならなかった。
子供たちは自分のことだけで精一杯だった。
一緒に楽しい時間を過ごす余裕なんてなかった。
時間はあっても、心はいつもいっぱいいっぱいだった。
みんながみんなそうだった。

「食べる楽しさを伝えたい」
それはきっと表向きの理由。
本当は
「みんなと一緒に食べることの楽しさを経験してみたい」
私が一番そう思っているのだと思う。



にほんブログ村 ライフスタイルブログ 心地よい暮らしへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 暮らしを楽しむへ
にほんブログ村
にほんブログ村 ライフスタイルブログ 自分らしさへ
にほんブログ村