左目から見た世界

好きに生きるわ。

思いつくままに 60

ソナタさんが書いてくれたコメントを読んで、いろいろ考えたり、以前からずっと思っていたことが纏まったりしました。
いや~ほんと感謝感謝♪



前からずっと思っていたんだがよ、
「出来ないこと」は悪なのか?

これがずっと不思議でしょうがなかった。
いろいろ考えたんだが、負けず嫌いだったり、諦めが早かったり、人によって性格があるから、「出来ないこと」を悔しがったり克服しようとする気持ちがあるのは分かる。


でも、何故そこで「自分を責める」方に持っていくのか?


そして場合によっては、出来ないことを「周り」が責めている。
「ダメな子ね」
「どうして出来ないの?」
そして言われた本人も自分を責めるようになる。
「自分はダメな子だ」
「どうして出来ないんだろう」
「自分には出来ないんだ、駄目なんだ」

待て、待ってくれ。
何故できないと「ダメな子」なんだ?
「出来ないこと」を誰が“悪"だと決めたのか?

周りもちょっと待ってくれ。
何故アンタが他人を駄目だと決めつけるんだ?
何が駄目だ?
自分に出来ることが出来ないからか?
自分の思い通りにならないからか?
相手が自分より劣っていると思うからか?
だとしたら私はこう言わざるを得ない。


何様だよアンタ。


これはあくまで 「私が思っていること」 だから、全ての人に通用するとは思わない。
これは過去の経験に基づく、「一個人の考え方」だと思って聞いてほしい。

私は「出来ないこと」を悪だとは思わない。
“悪"に出来るやつがいるのだとしたらそう、それは一人しかいない。


「自分」だ。


それは違う?
「周りに言われたから」?
いいや違わないさ。
周りに言われて自分が認めたから「出来ない自分を責める」んだ。

自分が納得して「出来ない自分」を責めているならいいさ。
でもそんなやつ見たことねえ。
大体みんな苦しんでる。
「ダメな子だ、出来ないんだ」って自分を責めることは、物凄くしんどいことだ。
私の時はそうだったよ。
自分に「ダメなやつだ」ってレッテルを貼り続けることは、“自分"を維持できなくなって消えてしまうんじゃないかと思うほど苦しかった。

でもある日ふと思った。
「出来ないことがあることは、そんなに責められなきゃいけないほど悪いことなのだろうか?」って。

考えても考えても、答えはどうしてもひとつしか出てこないんだ。


NO だ。


じゃあ、「出来ないこと」が“悪"でないなら、何なのだ?


私は急に、今までやりもしなかったことをやり始めた。

化粧した。
買い物をした。
物を作った。
知り合いを作った。
外に出た。
金を使った。
そんな自分を許してみた。

なんでもないことから、時には一大決心まで。
なんでもいいから、とにかく今までやってこなかったことを一つ一つ丁寧にやってみた。

その結果、そこにあったものは“悪"じゃなかった。

たくさんのことに手を出して、たくさんのことを経験して、「出来なかったこと」、「出来なかったもの」を山のように積み重ねていった。
そして、「出来ないことは消去法と似たようなもん」だという、ひとつの考え方に行き着いた。


「出来ないこと」に終止符を打っていくと、いずれは「出来ること」に辿り着くんだ。


化粧は何度やっても上手くならなかったし、どうやっても興味すら持てなかった。
そんな 「女じゃねえな」 と思っていた自分を、「そんなことないよ、大丈夫」 って言い続けていたら、ある日突然爪のトップコートと出逢って、「これなら出来る!」と思ったんだ。
そうしたら、あんなにボロボロだった爪がどんどん綺麗に伸びていった。
今ではすっかり爪の形を取り戻して、自分が「女」だという、大きな自信に繋がっている。

買い物もお金を使うのが怖くて、自分の時間と体力を犠牲に、一円でも安ければ遠くのスーパーに自転車をぶっ飛ばしてた。
でもある日やっと「このやり方は自分に合っていない」と認めることが出来た。
思いきって近場のスーパーで少し高い商品を買ってみたら、「自分にもこういう買い方が出来るじゃん!」って自信に繋がった。
ここに行き着くまで3年はかかった。

用事以外に外に出なかったのが、理由もなく外に出てみれば、思いのほか楽しくて、今じゃ県を跨いで旅行するようになって、「自分は旅行が好きなんだな」って気づいたり

そうやって、なんでもいいからとにかくやってみて、出来るものは出来る、出来ないものは出来ないって自分の中でどんどん折り合いをつけていったら


いつの間にか、「夢」を見つけてた。


「出来ないこと」は、自分の中の可能性を引き出してくれた。
そんな「出来ないこと」を、私は悪だと言うことはできない。

「自分はこれが出来ない、これが不得意だ」ってことを知るための、一つの貴重な体験をしたのだ。

私にとって、「自分の出来ないこと、不得意なもの」を見つけることは、「自分の出来ること、可能性」を見つけることの、一番の近道だと思っている。

それに気づいてしまったからもう、同じことを繰り返し聞いたソナタさんを責めることはできない。
「聞いたけど覚えられなかった」
「やってみたけど出来なかった、続かなかった」ことを、私は“悪"にはできない。

違うんだよソナタさん。
あなたは、「自分が出来ないことを1つ見つけた」んだよ。
出来ない、難しいと思ったら、無理にそこにしがみつく必要はないじゃないか。

また別の視点から、出来る可能性を探すことが出来るんだよ。

あなたがこのブログを見にきてくれたり、食生活の勉強の話しにたくさんコメントを書いてくれたりするのは、

ここはあなたにとって必要だと思う情報があるから、興味あるものがあるから。
きっとそうじゃないかな?

恐らく、食生活についての情報は、特に興味をそそられるのかな?
私はそういう人たちのためにこの頭を使いたいんだ。
欲しい情報があったら遠慮なく持っていってほしい。
ただし、「正しいかどうか」は分からないけどね(笑)

“私の話"で良ければ、聞きたいことがあれば何でも答えるよ。
時には聞かれてもないことまで勝手に喋るさ。
ソナタさんのおかげで、かねてからずっと抱えていた思いに折り合いをつけることができた。
ありがとうございます。

こうやって、私は私で勝手にやっているから
これからもありのままの意見を聞かせてください♪

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