左目から見た世界

好きに生きるわ。

chiroの巡るごはん 183

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朝ごはん レトルトカレー

レオパレスで初めて作ったごはん。
作ったと言っても、調理らしいことはほとんど出来ない。

実家の冷蔵庫にあったしめじを拝借し(弟がくれた)、レオパに持ち帰ってレトルトパウチのカレーと一緒に煮込む。
実家から借りた炊飯器でお米は炊けるようになったが、シンクが小さくて洗い物ができないのと、レオパに長居する予定はないため、お皿は使い捨ての紙皿を使用。
弟が実家からケトルとコップを持ってきてくれたので、かろうじてお茶や珈琲を淹れることくらいはできる。

今回の場合、弟が実家からいろいろ物を持ってきてくれるからお米を炊いたりすることもできるけれど、単身赴任などでやってきた人の場合、そうはいかない。

限られたスペースにしか食材を入れられず、調理するスペースも確保できない。
買い物をする時も、既に調理された惣菜や、テイクアウトのお弁当ばかりに目が行く。
あの狭い冷蔵庫のスペースを思えば、ごはんを買うより外食で済ませた方がいいとも思う。

仕事で疲れて帰った日にゃあ、アルコールの力だって借りたい。
缶ビールを冷やすために、体に良いお茶とかミネラルウォーターとか言ってられないのだ。

そんな彼らが、健康診断の問診の時に、「栄養バランスうんぬん、食事の改善うんぬん、運動うんぬん」と言われるのだ。

「言われなくても分かってるよ!」と叫びたくもなるだろう。

人の数だけ「生活」がある。
自分が知らない「生活」をしている人なんてごまんといる。
自分の知識なんて何の役にも立たないくらい、「分かっていても出来ない生活」をしている人が、日本だけでもごまんといるのだ。

レオパで暮らしてみて、実際に体験してみて思う。
なにが「良い・悪い」かで話を進めることが、いかに不毛であるのかを。

惣菜やインスタントに頼ってばかりでは栄養が偏る、体を壊すと本に書いてあるし、医者にも言われた。
分かってるよ。じゃあどうしたらいいの?

この、「じゃあどうしたらいいの?」の部分に着目する研究や商売も盛んに行われてはいるが、今はまだ明確な答えは出ておらず
サプリメントやダイエット食品、栄養バランスのとれた30品目のお弁当販売など
健康面をサポートしてくれる企業もたくさんあるが、逆に不安を煽る情報が混じっている気がするのも、私の穿ちすぎだろうか?

毎日三食バランスのとれた食事を食べていれば安心?

足りない栄養素はサプリメントで補っていれば安心?

たんぱく質をしっかりとって、運動して筋肉をつけていれば安心?


私はこれらの考え方が間違っているとか、良い悪いとか言いたいのでは、決してない。

私のところへ相談しにくる人たちも、「糖質フリーの食事はこれでいいんですか?」とか、「糖分と脂肪分を同時に食べたら太りますよね?」とか、いろんなところから情報をもらってきてはそれを実践しているようだが、なぜわざわざ私に確認を取る必要があるのだろうと思う。


自分がいいと思っているなら、やればいいじゃないか。


でも分かってる。
彼らをそんな行動に走らせているのは、「不安」なのだ。
「自分に自信がない」から、誰かに「それで合ってますよ」と言ってもらおうとするのだ。

しかし他人に「それで合ってます」と言ってもらったとて、それで彼らは安心しない。
「あ、大丈夫なんだ」とホッとできるような人なら、栄養バランスのとれた食事をしたり、サプリメントを飲んだり、運動したりしていれば、病気になる必要はないからだ。

少し思ったのが、「栄養バランスを守らなければ病気になる」なら、人類はどうやって今日まで歴史を紡いできたのだろう?

現代ほど食べるものも多くなく、限られた食材の中で、どうやって一日30品目を守ってきたのだ?

確かに現代と比べると、人の体は小さく寿命も短かったかもしれないが、それは現代の私たちから見れば「問題」なだけで、当時の人間たちから見れば、「それが普通」であったのだ。

誰も体が小さいことを問題と思ってなかったし、そもそも小さいと思ってもいなかったのだ。
誰も寿命が30~40年でも気にしなかったし、短いとも思っていなかったのだ。

誰もそんなことを苦に思ってストレスを感じなかったし、そんなことで病気になったりもしなかった。


……というのを「前提にしてみて」考えてみれば、誰も「栄養バランスが悪いことを問題にはしていなかった(そもそも栄養バランスなんて知らない)」ということになる。

「栄養バランスが悪いと病気になる」というのは、現代特有の考え方であるということだ。

近年において、日本だけでも欧食文化が定着し、野菜や魚しか食べなかった日本人が豚や牛などの動物肉を食べるようになった。
日本だけでもこれほどの変化が起きているのだから、世界規模で見れば私たちの頭では追い付けないほど、いろんなことが目まぐるしく変わっているのではないだろうか。

その中で生きる私たちの心情につけこんで、「こうしなければ生きていけない、幸せになれない」とか、「不安」を煽った「呪い」のために、病気にならなくていい人まで病気になって、わざわざ「病人」を増やしているように見えるのは、本当にただの考えすぎなのか?

特に、食べものに関してこと煩く騒がれているのは、直接体に関与するくせに、体の中を肉眼で見ることができないから、なおのこと不安なのだろう。
栄養バランスのとれた食事をしていても安心することができなくて、不安がストレスを呼び、ストレスが大きくなり、ストレスによって心を病んで、病気になる。

そしてそんな人たちが、「栄養バランスを守っていたのに病気になった!」とか、「どこがおかしかったのだろう、どこで間違えてたのだろう?」と嘆いている。

「不安」ばかりで、「安心」できない。

これこそが「病気の正体」ではないかと、今の私はそう思っているが、研究したわけでもなければデータもない。
ただの考察だ。

さらに言うと、私は「がん」のことも、これらに通じるものがあるのではないかと思っている。
いや、がんだけじゃない。
病気全てだね。

心も体も病人だらけのこの現代
“安心”できない人が多すぎるのだよ。



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