左目から見た世界

好きに生きるわ。

トマトとチーズのハンバーガー

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一人昼ごはん ハンバーガーの中身はトマト、バジル、チーズ、鎌倉ハムのウィンナー ケチャップと粗びきコショウをふって出来上がり♪


数年前の私が望んだこと。

穏やに生きたい、怒りや苦しみに振り回されたくない、自分のペースでゆっくり生きたい、自由に生きたい。

それが今、全部叶っています。


望んだものを手に入れて、穏やかな気持ちで、ストレスもなく、幸せな毎日。

自分より他人を優先することをやめて、やりたいと思うことはやりたいと言うようになり、たくさんの行動を起こしてきた。

今死んでも悔いはない。

そう感じる反面、「喜怒哀楽ってこんなに静かなものだっけ?」と感じています。数年前と真逆です。

エネルギッシュな感情に振り回されていたのが嘘のよう。今は何もかもが穏やか。そう、何もかも。

感情も、時間の流れも、人間関係も。

そんな幸せの中で、自分が本当にやりたいこととか、欲しいものとか、好きなこととか、そういうのを感じ取る力すら穏やかになりすぎているような気がしています。

それはそれでいいと思うのだけど、今日のお昼ごはんの手作りハンバーガーを完成させたとき、ピンとくるものを感じました。


「私、“作ること”が好きじゃなかったっけ?」


はっとしました。

そうだ、私は「作ること」が好きだ。

料理もハンドメイドも、私にとっては誰かを喜ばせるためのものじゃない、自分が生きていることに楽しさを感じるためのツールであり、手段。

それは物質だけに留まらない。今日という一日だって私が作る。

なにをするか、どこに行くか、何を買うか、どんな一日にするか、全部私が決める。

そうやって一日一日を自分の手で作り上げていく。その積み重ねが人生。私の人生は私の手で作る。

このハンバーガーで言うなら、材料を調達したり調理したり、材料を積み重ねていくのが“一日”、完成したハンバーガーが“人生”です。


もしかしたら私は「作ること」で「人生」を味わっているのかもしれません。

完成してみないと何が出来上がっているか分からない、どんな味かも分からない。

誰かに作ってもらうのではきっと、どんなに恵まれていても私は納得しない、満足できない。

自分でやらねば生まれてきた意味がないとすら感じてしまう。

自分の目で見て、自分の足で歩いて、自分の手で触れて自分の心で感じて。だからこそ今生きている意味がある。


この感じ、この感じ。

料理のいいところは、完成したあとに食べて味わう、更なるご褒美が待っているところですね♪


一昨日と昨日は寝付きが悪くて、今日は昼まで爆睡していて、夫はいつの間にか会社に行ってた(笑)