今日もどこかで生きている

生まれてきてよかったと思える人生を。

思いつくままに 6

5の続き。


思いつくままに 5 http://nonamed.hateblo.jp/entry/2014/01/06/%E6%80%9D%E3%81%84%E3%81%A4%E3%81%8F%E3%81%BE%E3%81%BE%E3%81%AB_5



“自分がなにを言いたいのかよく分からん”


それが上記の言葉に固まるまでは、漠然と “人と話すの苦手だなあ” と思ってた。


正直、大学を出るまで苦痛だった。


学生にとって、グループの輪に入れないことは、死活問題だから。


私も、なんとかしてグループに入れてもらおうと必死だった。


入りたかったわけじゃない。入っておかないと、その後でいろいろと困るから。


ずいぶん無理した。


ついていけないテンションにも合わせた。


知らない話題も、知っているふりをした。


疲れてるのに気づかなかった。


そういうもんだと思ってた。


大学を卒業してから、逃げるように過去と離れた。


友人と思っていた人からも、思い出からも。


正直、ほっとした。


罪悪感より、解放感が強かった。


そんな自分を良しとしながら、最低だと思った。


社会人生活は、学生生活とまるで違っていてびっくりした。


学生の時のように、常に「オン」にしておかなければならない状況から、社会人は「オン」と「オフ」の使い分けをする。


例えば、「仕事の顔」と「プライベートの顔」。


もっと具体的に言うと、社会人は仕事が終われば、みんなぱっと帰る。


「遊びにいっていい?」とか、「一緒に帰ろう」とか言わない。
(私の職場に限っては、「飲みにいこう」も滅多になかった)


連れションなんて当然ない。


学生時代の、「みんな、常に一緒にいなきゃ死んじゃうの?」みたいな状況はなんだったんだ? ってくらい、自と他の境界線をしっかり持ってる。


私はそれを見て、「自がしっかり確立していると、安定するのかな」 と思った。


そうすると、学生があんなにつるみたがるのは、仕方がないことなのかもと思った。


みんな、ひとりが不安だったのかな って。


私もできなかった。


ひとり、枠の外に出る勇気も、覚悟もなかったから、無理したんだ。


私が選んだんだ。


苦しかったのは、その代償。


仕方がなかったんだ。


投げやりとかじゃなく、そう思う。


なるようにしかならなかったんだ、って。


だからといって、過去の思い出が美しいものになることはないし、辛かったものは辛い。


だから私はなるべく思い出したくない。昔のことは。


たまに夢に出てくることもある。


その時の目覚めの悪さったらない。


周りに話しかけられて、とっさに口をつぐむ私がいる。


笑いそうになったままひきつって、みるみる不愉快になっていく相手の顔が、今も忘れられない。


そんな記憶が、今も私の言葉を奪っている。


でも、それでいいんだと思う。


私が忘れたら、その記憶たちはどこへいくの。


どうすればいいの。


私以外に、どうしてやることもできないんだ。


その記憶たちも、常に“今の私”を苦しめているわけじゃないし、“今の私”は、笑って許してやれるほどの寛容さもある。


しょーがねぇなー。って。


そんな記憶と一緒に、遙か遠くの空を見ることもあるのだ。


ほら、やっぱり振り出しに戻った。



“自分がなにを言いたいのか分からん” 。



いいのよ、それで。


分かんないけど、なにか感じているんでしょ?


それでいいのよ。


私は私の好きにしたらいいの。


今は幸せなんでしょ?


それでいいのよ。



さて、今日も


そろそろ活動を始めますか♪

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