今日もどこかで生きている

生まれてきてよかったと思える人生を。

ただ愛しくて何の意味もない

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スピードが大事

スピードが命

スピードが全て。


はいはい、

聞き飽きた。

情報社会、情報時代って言われてるけど

風の時代は地の時代より過酷になるものも山ほどあるよ。

乗れなければ落とされる

知らなければ馬鹿を見る

余計なものが削ぎ落とされ

ひたすらシンプルになっていく。

分かりやすいよね

ひと目で天国か地獄か分かるのだから。



成功者

それは事業を経営するもの

財を成すもの

富を持つもの

社の長であるもの

権力を握る者

地の時代はそうしたものを総称してそう呼んでいたけど、もう昔の事。

今で言う成功者とは

ただ経営すればいいというものでなく

ただ財を成せばいいというものでなく

ただ社の長を努めればいいというものでもない

その者が成功者かどうかは

自他共に認める説得性がなければ

痛みの塔の天辺から叫んでいることと同じ。


「遅いんだよお前

何もかもが。」


そう言われ自ら落ちていったのはいつの事だったか。

成功するためにはとにかくスピード重視であることを求められるようになった今の世で、自分のペースを守るのは容易ではない。


先を行く人の背中は蟻のように小さく見え

後から来た人には簡単に追い越され

自身の足元を見ればまるで

かの有名な宮沢賢治の詩の一節のようだと思った。


私はここで何をしているんだろう。


「退け」と言われるまま道を譲り

分からないものを分からないまま放置し

振るい落とされ

一度列から外れたら戻れず

レールにも乗れず

自分の道は自分で探し、作る他なくなって

誰の背中も見なければ

誰に追い越されることもなくなった。


私はここで何をしていけばいいのか分からずにいる。

生きていて意味があるかも分からずに。


でも思う。

ただ食べ

ただ寝て

ただ起き

ただ職場に行き

ただ働き

ただ息をし

ただ生きているだけの

このつまらない日常を維持することが

どれほど難しいかということを。


世の成功者や

成功に向けて上を目指す者に比べたら

私は何もしていないし頑張っていないけど

それでも私は今の自分を凄いと思う。


二十年前、私は高校生だった。

私は二十年後の自分が全く想像できなくて。

何の仕事をしているかや、誰と結婚しているかとか、そんなこと今分かる訳ないとかいう話じゃなく

二十年後も生きている自信がないと思っていた。



二十年後、私は生きていて

傍から見たら今の私の日常

なんとつまらないことよ。

今の自分、二十年前の私が見たら絶望するかもね。

だけど私のこの日常は

誰が何と言おうと

大事にしたい宝物だと思ってる。

ただ愛しくて

何の意味もない

なんと愛おしくてつまらない日常。

相変わらず二十年後の自分は想像できないけど

この愛しさの中で生きていけたら

私はもう、何も言うことはない。