
元同僚と会ってきました。
ガストにゴーゴーカレーあるやん。
ハンバーグ乗せチョイス。
ゴーゴーカレーの味とはちょっと違ったけど美味しい。
ご馳走さまでした。
今、私が会えるのは限られた人のみ。
一緒にごはん食べているSさんは、
今私が「会っても大丈夫」と思える人。
LINEでいろんな人(元同僚)からメッセージがきて
中には心の傷を抉るような内容もあり
(送った方は傷つけたい意図は無かったと思う)、
「今、むやみやたらに人と会っちゃ駄目だ」
と、心が自分を守るために
警戒モードMAXにしてくれている。
まるでタヌキかキツネに化かされたような
悪夢から覚めたような
不思議な感じ。
(否、まだまだ悪夢のど真ん中にいるような感覚だけど)
「仲間だと思っていたものは何だったんだろう」
「仲良いと思っていたのは何だったんだろう」
「???」
私が一方的に勘違いしていた?
……否
私だって
信じていなかった。
……ああ、だけど
私、分かっていなかったなぁ。
分かってた。
最初から仲間じゃなかった。
最初から仲良いわけじゃなかった。
私も皆も
演者だったに過ぎない。
私も、あなたも、
誰も本当の "自分" を知らない。
それが普通だ
それが社会というものだ。
分かっていた。
分かっていたのに
私は、ここにいたいばかりに
見えないふりをし続けた。
仲良いどころか
「赤の他人以上に冷たい何か」があることを。
もう、最初から何もかもが、ズレにズレあげていたんだ。
そんな中で
Sさんと会うのは嫌じゃないこと
意味があると思ってる。
ごめんなさい
私、本当はもう
とっくに無理だった。
思い出してる。
小学校も、中学校も、高校も、大学も、
グループに入って安心したかったこと。
一人でいるのが心細くて
ハブられるのが辛すぎて
グループに入れてもらって守ってもらいたかったこと。
グループに蔓延する空気感や
人間関係の複雑さ
そういうのが分からなくて
グループに入っても痛い目を見て
最後はいつも追い出される。
次は追い出されないようにと気をつけても
「空気読む」とか
「空気に適応する」とか
そこが私に適応する空気じゃなかったら
自分を偽らなきゃいけなくて
合わせるのがしんどすぎて辛すぎて
自分に無理をして
最終的にはやっぱり
自分が壊れるか、追い出されるか
そのどちらかを迎えてしまう。
Sさんは
偽らない私を見ても引かなかった人。
Sさんの前で泣いたこと
どう見ても私が悪いのに、悪びれない私を見ても離れていかなかったこと
私がガキみたいな態度を取っても離れていかなかったこと
傷ついている私を待ってくれて、一緒に帰ってくれたこと
そういう思い出がたくさんあって
それでも変わらない態度でいてくれたから
私はSさんに心を許した。
Sさんが離れていかなかったように
Sさんから離れないことが
私にできる最大の恩義だから
私からは絶対にSさんを切らないと決めてる。
私とごはん食べてくれてありがとう。
離れないでくれてありがとう。