2~3年前、こんまりさんの「人生がときめく片付けの魔法」を読んだ私は、こんまりさんの価値観、考え方に感銘を受けました。
それからというもの、いつもかばんの中に入れっぱなしだった財布やハンカチ、ティッシュなども、それ専用の箱を用意して「今日も一日お疲れさまです」と移し変えて休ませたり、ときめかないものを断捨離しまくったりしました。
こんまりさんの世界観・価値観が好きで、私自身、日々をもっと大切に生きたいと願っていたから、それはそれは影響を受けました。
でも気づいてしまいました。
自分が相当無理をしているということに。
明日の朝に使う予定の食器たち。
いつもは食器棚に片付けてから寝るのだけど、出したまま寝ます。
食器はきちんと食器棚に片付けた方がいい。
そう思うことをやめました。
私は超ズボラです。
毎朝食器棚から食器を出すのが面倒で仕方なくて、朝ごはんの準備をついサボってしまいます。
「面倒くさい」
これが私が物事をやらなくなる一番の理由です。
こんまりさんの言うことはとてもときめくし、考え方も大好きだけど、私は私。こんまりさんと全く同じようにはできない。
ときめくけど、好きだけどできない。
それを分かっていなくて自分を見失っていたと思います。
「面倒くさい」は今の自分を知るバロメーター。
本当の自分に気づくチャンスということ。
「面倒くさい」、「やりたくない」ほど見逃さないこと。
そこに「本当は自分はどうしたいのか?」が必ずあるから。
かばんの中身もいちいち移動させるのやめました。
かばんの中身の移動を始めてから、毎日必ずと言っていいほど忘れものをするし、必要なものほど見つからなくなるから。
そんな状態なのに私、「毎日頑張っている物たちを休ませてあげたいから」と、2~3年間ずっとかばんの中身の出し入れを続けていました。
続けようと思うことほど続かないのになぜそこは頑張ってしまったのか、アホというか鈍すぎというか。ウケるw
人と同じように物に接するという考え方はとても素敵だけど、自分に合っていないことを無理して続けるのは結局物たちを大事に扱えていないことになるし、そんな自分にもときめかない。
ときめくけど、好きだけどできない。
それでいいのよ。
それが私。
好きなものは好きでいて、私は私の価値観ややり方でときめけばいい。
こんまりさんは「こういうやり方があるよ」と教えてくれているだけ。
本のどこにも「私と同じやり方や考え方をしなさい」なんて書かれていない。
私が勝手に捕らわれすぎてた。
深夜0時過ぎに洗濯ものを干しました。
室内干しで除湿器をかけて寝ます。
朝には洗濯ものが乾いています。
「洗濯は晴れた日の朝にやって外に干す」という思い込みを捨てました。
その縛りから解放されたおかげで、洗濯が全く苦ではありません。
朝だろうが昼だろうが夜だろうが晴れだろうが雨だろうがやりたくなったときにやる。
最近外に洗濯もの干してないな~。夜にスイッチが入ることが多いから(笑)
私の家事のやり方なんて、端から見たらいい加減で滅茶苦茶かもしれないけれど、私はこれで我が家の生活は上手く回っていると思っています。
周りから何と言われようと、私は私の家事のやり方に自信をもっています。
サボりまくるし手を抜きまくるし雑だしいい加減だけど、私はこれで完璧。
私が今の自分を「イイ」と思ってる。
それで十分。