今日もどこかで生きている

生まれてきてよかったと思える人生を。

今日もSNSのどこかでお会いしましょう。

いるのが当たり前だと思われた人の末路


七里ヶ浜でのお仕事は

月10日ほど入っているんだけど

来月から半分の

月5日くらいに減らすことにした。


疲れたんだ心が。




ここからは思い出話と

シフトを減らそうと思うに至った経緯。





一年以上前

私は適応障害を発症して

メンタルクリニックに通院している真っ最中。

先生の

「今は休みましょう」

というアドバイスをガン無視して

(じゃあ休んでる間の生活費は誰が運んできてくれるんだよ

こちとら実家も頼れる親戚もねえんだよ、と

メンタル病んでると思えない行動をしてた)

久々にタイミーでお仕事探して

そこでたまたま七里ヶ浜でお仕事見つけた。

それが今の飲食店で

私は洗い場を任せてもらった。

私は働きぶりを見込まれてスカウトされて

派遣からバイトになった。

とは言ってもがっつりは働けず

(こう見えてメンタル病んでるし、失業保険受給してたから)

土日固定シフトで雇用契約を結んだ。

しかし職業訓練を介して就職を決めねばならず

箱根でお仕事見つけてきた。

箱根では月およそ20日がっつり働かねばならず

休みも曜日固定は難しいと言われたので

七里ヶ浜のお仕事も土日固定でシフトが組めなくなった。

しかし料理長のはからいで

箱根でのお仕事がお休みの月10日ほどをシフトに当ててもらい

七里ヶ浜で継続して働けることとなった。

シフト融通利かせてくれて

本当にありがたかった。


しかし

「やっぱり土日確実に来てくれる洗い場スタッフが

欲しいよね」となったみたいで

土日に別の人が洗い場に入ることになった。


それにより

「じゃあすえひろ(私)はどうする?」

という問題が出てきた。

問題の落とし所は

「新しい洗い場スタッフとシフトが被る時は

ホールに出てほしい」

となったようで

料理長から個別に相談された。


私は嫌だった。

でもその話を仕方なく受けた。


受けるしか他に方法ないと思ったのは

「ホールに出るのが嫌だったら

シフトを調整する」

と言われたから。


「調整」ってつまり

新しいスタッフと出勤が被る日は

私をシフトに入れないってこと?

私より新しい人を取るんだ、って思ったから。



この時点で惨めなんだから

どうせ後になって

「シフト減らそう」

と思うなら

最初から話を断ればよかった。


私はホール業務が苦手。

学生の頃にやっていたバイトで

苦い思い出があるから。


でもいざホール業務に携わってみれば

難しいことなんか一つもなかった。

やる事はほぼ決まっているので

覚えるだけだし

動くだけだし

ましてパート・アルバイトじゃ

社員の指示に従うのが基本だから

自分の頭で考えることなんか殆どないし。

最初は分からないことばかりだから大変にしても

覚えたらあとはひたすら楽勝だろうなと思った。


でもベテランホールスタッフは

動き回ってとにかく忙しそうにしていた。

私から見れば

ただタスク数が多いだけだった。

正直忙しくする意味はないと思うし

「そのタスクを誰かに振ればいいし、教えればいいのに」

と思った。

ベテランたちは教えているようで教えておらず

教育体制が壊滅的だった。

来客が多くて教育する暇もない日もあるのは確かだから

その場合は仕方ないと思うけれど

来客数が少なくて時間を持て余す日は

ベテランたちは私に掃除をするよう言ってきた。


いや違うだろ、と思った。


掃除はしたほうがいいと思う。

でもそれはベテランたちがやって

私にはホールスタッフとして一人前の仕事が出来るようになるまでは

業務教育受けさせろよ

と、静かに怒りが湧いた。


ベテランたちの行動を見て

勝手に覚えてほしいならそうするし

言われなくてもそうしてる。

しかしそれに口を出し

「こうじゃない、そうじゃない」

「こういう時はこうしてくれないと困る」

「それやらなくていい二度手間だから」

と、まあ煩いことこの上なしで

私に教えれば確実にあんたらの手が空くのは違いないのに

そういうことは教えず自分らでやっちまい

私が業務に関わる機会を奪う。


新しい洗い場スタッフが来てから

出勤するたびこんな日々や扱いが増えて

私はどんどん気が落ち込んでいった。



洗い場もホールも

私の居場所ねえなと思った。





もう一年以上前になる。

まだバイトじゃなく派遣だった頃は

「すえひろちゃん来てくれてありがとう」

「おかげで仕事捗るよ」

って言ってくれるような

いい人たちだった。


人間だし

初心忘れるのは仕方ないと思う。

そもそも私

ホール業務に関わることを歓迎されていないんだろうな。

料理長の性格からし

ホールスタッフの皆に相談もせず

独断で私をホールに行かせることに決めたんだろうし。



ホールの皆との関係は

洗い場とホールという

ポジションが分かれていたから仲良くできた関係だったのだろう。

彼らのナワバリを荒らしたのは

きっと私のほう。



派遣の時から通い始めて一年以上の間に

私と同じように派遣からスカウトされて

バイトになった人たちを

10〜20人くらい見てきた。

でもほぼ全員が

長くて数ヶ月しかもたず辞めていった。

辞めた理由なんざ

私が受けた扱い、私が感じた思いが

彼らの答えだろうことは

想像できる。



私はまだ

シフトを減らして

皆と関わる機会を減らす

だけに留めているけれど

歩んでいるルートは

辞めていった彼らと大差ない。



仕方がない

離職率が異様に高いこの状況に

疑問を持たない人たちなのだ。


この異常さに

疑問も問題解決意識を持たない人たちなのだ。


私が何か言ったところで

波風一つ立たないだろう。




疲れた。



そんな理由で来月から

私はシフトを組み直し

空いた時間でまた

どこかへ行き、誰かと会おうと思っています。


出会いで傷つき、疲れた心は

新しい出会いで癒やす。


それで癒えなかったらもう

今は動くな、ってことで

大人しくしていよう。




では一足先に

お疲れさまでした自分。

よく頑張った。